B:吸血の悪鬼 チュパカブラ
ブラッドサッカー、って見たことあるか?獣の血を啜る不気味な魔物でよ、この世界の外から来たなんて噂もある、アブネェ奴らだ。チュパカブラってのはまあ……その古い名だな。
聞いた話じゃ、トラルにゃ血を吸う化物がいるって、船乗りたちの間で噂になったこともあるらしいぜ。そして、その名は最近じゃ、実際に人死にを出した危険な個体に用いられることが多い。人の味を覚えたヤツぁ、ずっと人を狙う……早急に狩らねェとな。
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
その個体は激しい渇きを覚えていた。不思議な事だが、今感じているこの渇きは牛や馬の血では癒されなかった。
「ウ…ググッ…」
苦しそうに呻き声をあげると重い足を引きずるようにして歩いた。理由は分かっている、人間だ。
種の掟として人間を口にしてはいけないことになっていた理由がこれなのだ。そもそも人間を口にするつもりなんてなかったのだが、襲われている仲間を助けるために戦い、その時に苦戦のあまり咄嗟に相手に噛み付いてしまった。驚いた。人の血肉の力がこれほどまでとは。感じていた体の痛みも、重さも、恐怖さえ、僅か噛み付いた際に口に入った血液だけでぶっ飛んでしまった。彼は人間を喰らって得た力で仲間を守り切った。
しかし、そこから地獄が始まる。まずは人間を喰った事で群れからは追放されることとなった。当然だ。掟破り以前に、人間を喰ったことによる禁断症状で仲間を傷つけかねない。追放は願ってもないことだ。そして数時間経つと激しい飢えと渇きが彼を襲った。恐れていた禁断症状が始まったのだ。もう人間の肉や血液の事しか頭に浮かばない。彼は必死に抵抗したが無理だった、胃袋が干上がるような飢えと、喉が焼けるような乾き。彼は樹木も生えない高山地帯を、足を引きずりながらほとんど意識を失ったような状態で彷徨った。
不意に彼が弾かれた様に大きく体を起こした。様子を窺うように顔を上に揚げ、ゆっくり辺りを見渡す。人間の匂いだ…。彼はかすかに風に乗ってくるその匂いの方へ走り出した…。
「ちょっ‥、ちょっと休憩」
そう声を上げるとあたしは手頃な岩を見つけてドカッと勢いよく腰をおろした。平地なら一日や二日歩き通すのも慣れっこなので根は上げないのだが、ここは標高が高く空気が薄いせいかすぐに息が上がってしまう。あたしの先をヒョコヒョコ歩いていた相方が足取りも軽く戻ってくる。
「大丈夫?ひ弱ちゃん」
相方がここぞとばかりに意地悪を言ってニヤニヤしながら水を差しだしてきた。
「うるさい、肺活量お化けっ」
あたしは悪態をつきながら水をひったくった。相方がそれを見て笑った。
ここはトラル大陸の屋根と言われる山岳地帯オルコ・パチャでもとくに標高が高い霊峰ウォーコー・ゾーモーの山麓地域で、空気が薄い。この辺りはヨカフイ族という巨人族が住み込みで守る遺跡があり、その周辺に今回ターゲットにしているチュパカブラという魔物がいるはずだ。
チュパカブラは正式にはブラッドサッカーという吸血生物で、基本的には牛や馬、豚やアルパカなどの家畜を襲う。まっすぐ背を伸ばせば2.5~3.0m位の大きさだが背中が猫背のように丸まっているため2mそこそこの大きさだ。顔は筒状になった口が嘴のように長く前に飛び出していて、その筒の底を塞ぐような形で牙が重なり合っている。言っちゃあ悪いけどその醜悪な外見のお陰で「この世界の外から来た」などという言い掛を付けられているちょっと可哀想な魔物だ。この世界の外と言えばヴォイドを指すが、ヴォイドの魔物はエーテルは喰うが、血液は食さない。確かに血液にもエーテルは含まれているがそんな微々たる量を摂取しても腹の足しにならないし、そんなことならいっそ襲ってしまった方が直接大量のエーテルが手に入るのだからそんな効率の悪いことをする理由がないのだ。ブラッドサッカーは間違いなく原初世界原産の魔物だと言える。
そんなブラッドサッカーの中に少数だがチュパカブラと言われる個体がいる。ブラッドサッカーと何が違うかというと、たった一点、「人を殺めた事があるか、ないか」ということである。では、何故わざわざ呼び分けて区別するかと言うと、一度人間の味を覚えたブラッドサッカーはその味が忘れられなくなる。野生生物に比べ食生活が充実している人間の血液は栄養価が高く、彼らにすればさぞ旨いのだろう。チュパカブラと呼ばれる個体はそれ以後家畜には見向きもせず人しか狙わなくなるのだ。早急に狩ってしまわないと新たな犠牲者が出るのは時間の問題だった。
「よっこらしょっ」
あたしは重くなり根が生え始めた腰をあげた。高山地帯であるこの辺りは樹木がない為、一見見通しはいい。だが大小様々な大きさの岩が不規則に転がり、部分的なでっこみ引っ込みの多い地形は意外と死角が多い。あたし達はまた足元の悪い道を登り始めようとしたその時、あたしは妙な違和感を感じて相方を突き飛ばすと自分も横っ飛びに転がった。こういう時のムーンキーパーの勘は馬鹿にできない。何か黒くて鋭いものがあたしと相方の間を音を立てて空を抉っていった。
あたし達は受け身を取ってすぐに立ち上がり構えると相手の方を見た。そこには筒状の口の先から涎を垂らすブラッドサッカーが立っていた。その目は何を見ているのか分からないほど虚ろで、体つきはブラッドサッカーより一回りは大きい。何より纏っている雰囲気が明らかに普通の個体とは様子が違う。間違いない、チュパカブラだ。